1. まえがき
この映画の存在を知ったのは、Youtube Shortsで不意に流れてきた映画小噺。
リマスター4K上映の宣伝もそのShort動画も、推していたのは「圧倒的映像美」と「もうなかなか見ることのできない幻の映画」という点でした。
実際、トレイラーを見ると映像があまりにもきれい。世界中の世界遺産を巡り、構想になんと26年、撮影に4年かかったとか。
そして調べると、DVDは大昔に廃盤、フリマサイトでも1万円は超えるプレミア価格での取り扱いでした。
そんな具合だったものですから、めちゃくちゃ軽い気持ちで見に行ったんですよね。
「わあ~どんな話かあらすじすら読んでないけど、めっちゃきれいなファンタジー映画なんだろうなあ」と。
全然それだけに留まりませんでした。
確かに映像は最高!どのシーンを切り取っても壁に額付きで飾っても遜色ない!!美しい!!!!!!!!!!!
でも!!!それよりも!!!!!
物語の内容が素晴らしい!!!!!!!!!!!
もっとあらすじや内容に対して言及して広告を打て!!!と思うくらい、内容が恐ろしくよかったです。
あまりにも衝撃を受けすぎて、エンドロールが終わってからしばらく席を立てませんでした。
こんなことは今までほとんどなかったので自分でもびっくり。
是が非でもパンフレットが欲しくなったのも久しぶりだったと思います。
観てからめちゃくちゃ期間が経っている今でもずっと余韻が残っているくらい印象的なものを見たな、という気持ちです。
正直アフターサンを超えましたね…
あとで言及するつもりですが、私にとってこの映画はアフターサンへの静かな意趣返しです。
アフターサンの少女ができなかったことを、この映画の主人公はやってくれました。
まぁアフターサンの記事はめちゃくちゃふざけて書きましたけど
2. 現実?空想?
初めに言及したいのが、物語の展開についてです。
ざっくり言えば、映画のスタントマンをしているロイという青年と少女アレクサンドリアの交流の物語から始まります。
ロイはもともと映画のスタントマンでしたが、撮影中の事故で半身不随になってしまいます。
どうやら恋人も失ったらしい描写も、見舞いの人との会話でわかります。
そして、そのダブルパンチのせいで死を望んでいることもわかってきます。
一方アレクサンドリアちゃん。かわいい。
彼女はオレンジの収穫中に足を滑らせて落下し、腕を骨折してしまったらしい。健気。
彼女の家庭環境は複雑で、父親は亡くなっていることもわかります。かなしい。
ここですごいなと思ったのが、全く人物の置かれている状況を説明していないこと。
見てる側が自然に人物が置かれている状況がどういうものなのかを飲み込むことができます。
もう一つは、空想と現実が交互に、そして唐突に切り替わっていくということ。
ロイは、アレクサンドリアちゃんの興味を惹き信頼を得るために、思い付きの空想物語を聞かせます。
目的は自殺用の薬を動けない自分の代わりに取ってきてもらうため。
そして、アレクサンドリアちゃんは豊かな想像力を駆使してその物語を補完し想像します。
それがあの映画のスーパー綺麗な映像に表れています。
そしてそれが、唐突に現実に戻ります。
ロイが語るのを急に中断することが度々あるからです。
ロイは先述の通り精神的に不安定なのと、目的があるのでまあそうなるのはわからないでもないです。
でも、見てるこっちはアレクサンドリアちゃんと同じ気持ちになります。
そこでやめないで!?!?!?!??!?!と。
続きが気になるところで切り上げてしまうんですね。
それがロイの策略なんですけれども。
アレクサンドリアちゃんに続きを聴きたいなら頼みを聞いてくれと言うためにやってるんだなあとわかります。
かと思えば、また唐突に空想に場面が展開する。
この行ったり来たりがこちらをより物語に引き込んだような気がします。
3. 2つの物語
私がこの映画を観た後で、まず思い浮かべたのが映画「アフターサン」でした。
アフターサンも落下の王国も、主要人物の関係性がかなり似ています。
「純粋無垢な少女と、人生に絶望した青年の物語」という点で共通しているわけです。
にもかかわらず、この2つの映画は至る点において正反対です。
まず、主人公である青年の動向が違います。
そして、その青年の傍にいる少女の属性も全く異なります。
アフターサンのカラムは、自分の闇を娘であるソフィちゃんに全く見せません。
映画を視聴している我々からすれば怪しい場面は断続的にありますが、ソフィちゃんにはそれが一切見えてないんですよね。
そのおかげで、ソフィちゃんは物語最後まで年相応のピュアピュア女の子という立ち位置からブレないままでした。
一方、落下の王国のロイは「死んでしまいたい」という欲望を全く隠していません。
作中の人物に対しても死への欲求をさらけ出し、結局アレクサンドリアちゃんの前でもそれをぶちまけてしまいます。
その近くにいるアレクサンドリアちゃんは、置かれている境遇もあってかロイの闇にどんどん気付いていきます。
で、しかもそれを見ている側の私たちに対する伝わり方の度合いも真逆です。
どういうことかというと、アフターサンは「初見じゃどうなったのかいまいちわからん」という感じの映画だったんですね。
え、なんかめちゃくちゃすごい山場とかあったわけじゃないけど終わったんだが?という感じで。
そのあと何度か見て、「そういうことだったのか…」となって暗い気持ちになるみたいな、そんな映画でした。
がしかし、落下の王国は「明確な山場があり、結末がはっきりしている」映画だったんです。
他にも、明確に主人公死にたがってるくないか???とか、人物の心情描写も割とわかりやすい映画でした。
登場人物の心情や立場だけではなく、見ている側の私たちに伝わってくる情報ですら真反対なのがこの2つの映画です。
さらには結末まで真逆という始末なのでもはや笑えます。
アフターサンではカラムは絶望したまま死に、ソフィちゃんは未来でも決して幸せに生きているとは言い難い描写をもって終わりました。
ですが、落下の王国のアレクサンドリアちゃんは、ロイを絶望させたまま終わらせず生かしたんですね。
終わった後どうなったのかは監督が視聴者の想像に任せると公言しているので、はっきりとはしてませんが…
「絶対にロイは生きている」という確信を持てる終わり方をしているのは確かです。
4. ねがいごと
あの映画の面白いところは、「空想の展開がロイの心境とリンクしている」ことだと思います。
特に終盤にはそれが顕著に現れており、見ている側により鮮明にロイが考えてることが伝わります。
さらには、途中からその物語にアレクサンドリアちゃんが入り込んでいくんですよね。
これがかなり重要で、はじめはロイの独りよがりだったのがアレクサンドリアちゃんに絆されているのがわかってくるんです。
マジで砂漠で詰んだかと思ったシーンに出てきて助けてあげるシーンで癒された。絶対に癒されるべき場面ではないけど。
ただし、ロイの心情を反映しているということはどうあがいてもハッピーエンドにするつもりはないということです。
とにかく、ロイは全力で話を畳もうとします。
アレクサンドリアちゃんが自分のせいで大けがをしてしまって、目を覚ました彼女に聞かせる空想は激化します。
今までじっくり描写してたキャラクター達をかなり雑に殺し始めます。
それはアレクサンドリアちゃんに対する罪悪感と、その一端になった自分へのさらなる絶望と怒りを反映しているんじゃないかな。
ちびっ子アレクサンドリアちゃん、納得しません。
何で全員殺しちゃうの?と言うんですが、ロイは「僕の物語だ」といって強引に推し進めます。
でも、もう物語にはアレクサンドリアちゃんがいて、登場人物もそれを認知していて彼女を全力で守りながら進みます。
つまり、ロイ自身ももうアレクサンドリアちゃんの存在を無視できないし、ロイ1人だけの物語では無くなっていることを意味してるんだと思います。
だからこそアレクサンドリアちゃんは「私たちの物語よ」と言えたのではないかと。
この少女頼もしすぎる。
そしてクライマックス、空想の中で2人の男が殴り合うシーン。
もうこの時点でかなりつらいシーンだったんですけど、主人公は抵抗する気がないし敵役は本当にカスなんですよね。
そして途中で出てくる女もカスという最悪っぷりなんですけど、そんなことは置いておいて。
主人公をどうか殺さないでほしいと、アレクサンドリアちゃんはロイに訴えます。
ここがもう本当に泣けるんですが、英語がわかるからこそこのシーンの深みが増しました。
はじめは「Don’t kill him」って言ってるんですよ、彼を殺さないで、と。
ロイは「こいつは臆病で嘘つきだ」と言うんですが、アレクサンドリアちゃんはそれを否定し続けます。
アレクサンドリアちゃんは物語に出てくる主人公=ロイであることをもう知っているわけです。
娘役もアレクサンドリアちゃん自身であるとしたうえで、父親じゃないと否定されても彼を愛しているのだといいます。
それでも頑ななロイに、アレクサンドリアちゃんは「あなたに死んでほしくない」と言うんですね。
「I don’t want you to die」って言うんです。Him(彼)ではなくYou(あなた)と。
ここがね…本当に泣けますよ…
しかもここの何がすごいって、「殺すな」と命令していた文が「Want」になって、お願いになってるところです。
物語が現実とリンクして、ロイへのねがいごととして届くわけです。
さらにそのあと「Let him live」と続きます。
訳せば「彼を生かしてあげて」ですが、「Let」は「何かをすることを許す」というニュアンスを持つ言葉です。
つまり、アレクサンドリアちゃんはロイに生きてほしい、自分を許してあげてほしいと訴えかけたわけです。
その願いは見事ロイに通じ、彼に生きることを約束させます。
ちゃんと「手を見せて」って言って、嘘ついてないか確認するアレクサンドリアちゃん抜かりなくてさすがです。
これにより物語の主人公は息を吹き返して敵を返り討ちにして物語は終わりました。
もうこの時点で号泣ですよ本当に。
5. あとがき
結構いろんな映画を観てますが、ここまで言語化に苦しんだ映画もなかなか無いなと思います。
でも確かに言えることは、リマスター上映見に行ってよかった。これにつきます。
周りの知人も巻き込んでいろんな人に波及できたのもよかったかなと思ってます。
途中でも書きましたが、この映画の結末は観客の想像に任せると監督は明言しています。
ロイはあの後リハビリして元気になって、本当に最後の映像で見たようにスタントマンに復帰してるかもしれない。
あるいは、アレクサンドリアちゃんが幼いから映画のスタントマンが全員ロイだと思ってるだけで、実はロイはあのまま病院にずっといるかもしれない。
でも、どちらにしてもこれだけははっきり言えると思います。
ロイは生きていると。