1. まえがき
この映画を知ったのはラテンアメリカ学概論の授業を受けていた時、教授が授業資料として持ってきたのがきっかけでした。ラテンアメリカという地域はそれはもうかなり歴史の闇が深く、研究テーマにブラジルのトロピカリア運動とチリのクーデターの話を持ち出したところ参考文献がめちゃくちゃな規制をかけられそう簡単に閲覧できない始末。
しかし切っても切れないラテンアメリカとキリスト教の関係。特に先住民に宣教師はどんな感じで交流を持ち掛けキリスト教を布教していったのか?この映画はそれを教えてくれます。
しかも最近大学で宗教学の授業を受講してこの映画の序盤の展開、もしかして聖書のオマージュなのでは…!?みたいな気付きを得たのでそれも含めて相変わらず雑に書きます。心の中のオネエは当分引退です。あの口調で書くの地味にしんどい
2. 背景
この映画の舞台は1740年代のパラナ川上流地域。当時はスペインの統治下におかれていました。
当時はスペイン大暴れ時代。おおよそ16世紀から19世紀は特にもうそれはそれはとんでもなく、インカ帝国やらアステカ帝国は滅ぼすわ貴金属持って帰って売り飛ばすわキリスト教以外を異教と断じるわでてんやわんや。身分階級なども流入したりして大変なことになるわけです。
そして彼らが手を焼いたのが先住民との関係です。エンコミエンダ制度とかいう先住民を強制労働させるのを許可する制度を作ったり、混血によって社会に格差が生まれたりとまぁいろいろあったわけです。奴隷の取引ももちろんめちゃくちゃありました。マジで。
映画の舞台は現在のパラグアイあたりですね。当時は未開の地で…といってもわかりにくいので地図でも貼りましょうか。

これ南アメリカ大陸ですね。左のほっっっっっっっっっっそい国がチリですね。赤くハイライトされてるのがパラナ川です。クソでか川なのでブラジル、パラグアイ、アルゼンチン、ウルグアイをまたぎます。でかすぎる。
で、この周辺に住んでいたのが先住民「グアラニー族」。彼らにキリスト教を布教するべく皆さんおなじみイエズス会の宣教師はめちゃくちゃ頑張ったんですが、受け入れられず十字架に縛り付けられて川に流されるというえぐい殉教します。開幕これから始まるのでえぐいです。
そんな中訪れた転機は新しく派遣された宣教師ガブリエル神父がもたらしました。ジャングルをかき分け崖を登り散らかし、彼はグアラニー族の集落にたどり着きます。相変わらずもうグアラニー族の人たちは敵意むき出しなわけですが、ガブリエル神父は「音楽」を使って接触を試みました。言葉も通じないしなんか敵意むき出しにされてるし割と絶望的な状況なんですが、グアラニー族側は自分たちの文化である「音楽」に対して理解を示してるガブリエル神父に心を開いていきます。これ結構すごいっすよね。やっぱ音楽って言語超えるんやなって…。そのあとガブリエルさんは部下を引き連れて布教活動に取り組んでいきます。
というのがざっくりとしたあらすじ。この後急展開が起こります。
2. カインとアベル…?
布教活動が軌道に乗り始めてきたガブリエルさんご一行。順調だったんですがあるとき同じスペイン入植者でグアラニー族を拉致して奴隷として売りさばいてる奴隷商人メンドーサに出くわします。お互いもう相容れない関係になります。まぁ当然っすね。
しかしこの後メンドーサさんとんでもねえ事件に巻き込まれます。はい、NTRです。
NTRです。
そんな馬鹿な…
メンドーサさん実は愛人がいたんですがなんと弟のフィリッポにその愛人を寝取られます。たまげたなぁ。
もちろんメンドーサさん大激怒。衝動的にフィリッポをぶち殺してしまいます。このフィリッポ、絶妙に小物っぽさがあってちょっと面白い。こんな男に寝取られていいの?愛人さん…と思ってしまう。まぁ奴隷商人の愛人やってる時点で正気の沙汰とは思えませんが。
ただ、メンドーサさんこれをものすっごく後悔します。生きる気力をなくして廃人同然まで追い込まれてしまうわけです。
そんなメンドーサを救ったのはガブリエル神父。ガブリエル神父は彼に「生きることで罪を償いなさい」と教えを説きます。そしてめちゃくちゃ重い荷物を引きずり、メンドーサはグアラニー族の集落に向かいます。これが彼が受けた「罰」です。荷物を落としてしまったら拾いなおしてまた進む。メンドーサさんが本気で罪を償おうとしてるのがこっちに伝わってきます。
そうしてとうとう集落にたどり着いたメンドーサさんご一行。かつて奴隷として売り飛ばし見下していたグアラニー族に、メンドーサは謝罪します。彼が引きずってきた荷物、ボロボロのメンドーサを見て、グアラニー族は彼の謝罪を受け入れます。
この映画を初めて見たとき、私はこのくだり強引すぎない?と思ってました。展開的にメンドーサを回心させたいんだろうなぁという意図はわかるんですが、わざわざ弟とのドロドロNTR劇を見せられると思ってなかったわけです。
ただ、最近宗教学の授業をとって聖書を学習してるうちにめちゃくちゃ似てる構図の話を見つけました。それが「カインとアベル」の物語。
カインもアベルも、はじめの人間アダムとエバの子供です。お兄ちゃんがカイン、弟がアベル。
カインは弟のアベルが神に贔屓されているのに腹を立てて弟を衝動的にぶち殺すんですよね。
しかもそのあとカインはめちゃくちゃ後悔して神から「生きることで罪を償う」という罰を与えられます。
似てる…!!!
これ制作人側が意図してやったのか定かではないですし私の勝手な解釈ですがもしかしてこの聖書の話のオマージュみたいな感じで持ってきたんじゃないのか!?この展開!?って思ってめちゃくちゃ興奮しました。的外れかもしれないけどね。
とかく、グアラニー族は彼の懺悔を受け入れ和解します。よかったね。
3. 板挟み
メンドーサさんはすっかり改心、ガブリエルさんたちと共に集落を発展させ、文化が融合した美しく平和な世界を作り上げました。教会まで作っちゃったりして。これにはイエズス会本部も大喜びです。メンドーサさんも正式に神父になります。
しかしいい顔をしてくれない人々がいました。植民地を増やしたい派閥の人ですね。まぁ~邪魔でしょうねその立場の人からすれば。先住民との共存なんて彼らにとっては考えられないわけです。特に、ポルトガルとスペインの支配者たちは快く思っていませんでした。彼らからすれば先住民は「ものを言う獣」でしかないわけです。
そんな折、発展した村に枢機卿が教皇特使としてやってきます。
枢機卿って誰だよ!!!!!!!
と思うでしょう。私も映画見てる時思ってました。
枢機卿って誰だよ!!!!!!!!!! って。
枢機卿というのはとにかくキリスト教の中でめちゃくちゃに偉い人です。教皇も枢機卿の中から「コンクラーヴェ」という会議で選ばれます。赤い服を着ているのですぐにわかるのも特徴ですね。正確には緋色で、「信者のためならいつでも身をささげる」という決意の表れの色だそう。かっけぇ。
教皇の補佐として機能したり、会議で何かを決断する重要なポジションの人なわけです。
そんな枢機卿、グアラニー族含む村の人間の状況と支配側の国とのポジションで板挟みにあいます。
スペインとポルトガルが南米の国境を分けるんですが、その時に集落をどうするかでもめるわけです。
当時はポルトガル領では奴隷が合法、スペイン領では奴隷収集は違法だけど全然ポルトガルから奴隷を買ってる、みたいな状況でした。
キリスト教の国にとって枢機卿の意見ってかなり大事なわけです。つまり最終的に集落をどうするかというのは枢機卿に決定権がありました。枢機卿は国の立場と村の立場の狭間にがっつり挟まれてしまうわけですね。大変な立場っすよほんとに。見てて気の毒でしたからね。
結果として、枢機卿は教会の政治的な関係のために植民地支配者たちの意見側に立たざるを得なくなります。そして集落はポルトガル領に編入。これはつまり、グアラニー族たちを奴隷として使役することになるのを意味します。
もちろん、ガブリエル神父たちの功績はとても素晴らしいものであり教会も大絶賛。それはわかってるんです。けれど国交や世間体も大切なんです。
枢機卿はグアラニー族たちに、「この集落から立ち退いてほしい」と直談判します。そうしなければみんな殺されるか捕虜として連れていかれてしまうからです。集落を想って交渉する枢機卿、本当に気の毒です。
4. 誇り
枢機卿の説得も虚しく、支配者たちとの交渉は決裂。ポルトガル側は武力をもって集落を制圧することにします。そして、集落の人々は残って支配者たちと戦うことを決意します。メンドーサに至っては「不戦の誓い」を破って武器を取り武力行使する意思を表明します。ガブリエル神父は武力で抵抗することに反対しましたが、メンドーサは「愛する者のために戦うことを神が否定するなら私は神父をやめる」と言い放ちます。元奴隷商と思えないセリフすぎる…
そしてメンドーサは集落にある橋にある細工をして、もし敵がそれを渡ろうもんなら橋をぶっ壊せるように準備をしていました。
やがて、集落に敵襲がやってきます。
かつて仲間だった、心を失い兵器と化してしまった奴隷たちを引き連れて。
私はこの最後の戦いの場面が忘れらないほど印象に残っています。「武力」だけで戦うのではなく、「誇り」を以って戦う人々の姿が映し出されていたから。
武力ももちろんメンドーサや戦士たちは使って抵抗します。しかし、ガブリエル神父は村の人々たちと共に行進するんです。銃弾が飛び交い、燃える教会を背に、ただ讃美歌を歌い十字架を掲げながら歩き続ける。一人、また一人と銃で撃たれ倒れて行っても決して止まらずに祈り続けるんです。
メンドーサは橋を落とそうとします。けれど、そこに取り残された村の子供たちがいたために実行できませんでした。そして銃で撃たれ致命傷を負います。
薄れゆく意識の中、とうとうガブリエル神父も撃たれ倒れる様子を眺めます。
倒れた神父の持っていた道具を拾い歩き続けるグアラニー族の人々。圧倒的な武力の前に、キリスト教徒としての誇りと共に最後まで抵抗をしたわけです。
声を大にして言いたい。
授業でこんなもん見せんな。
超いい映画なんですよ?カンヌ国際映画祭やらアカデミー賞やらで賞を受賞してるめちゃくちゃ素晴らしい映画なんですよ?でもね、授業資料として見せるには重すぎますって。見終わった後みんなお通夜状態だったんだよ????????
5. 最後に
この映画の最後、枢機卿の手紙の一部が抜粋されるシーンと共にエンドロールに移行します。この枢機卿の手紙がこの映画のすべてを物語っている気がします。
祭司たちは死に、私は生き残ってしまった。
しかし、死んだのは私で、彼らはまだ生きている。
死んでしまった者の魂はいつまでも、私たちの記憶に生き続ける。
宗教学を勉強する以前に見た映画だったにも関わらず、この映画は私に強烈に「宗教」について考えさせるきっかけを与えました。特に最後の行進するシーン。キリスト教がどんな思想を持ち、信じる人々がどのように生きているのかを知る発端になりました。ラテンアメリカの歴史ももちろん知れましたがやっぱり闇が深いね。
映画好きの友人たちでもこの映画はかなりマイナー作品でほとんど知らない人が多いので、私はよく勧めています。激重映画ですけれども。
もっと救いのない映画もあるから…「道」とか…
「道」を見た感想もそのうち書こうかな。今回はこの辺で。