1. 前書き
映画好きの友人に「なんとしても見てほしい、夏にぴったりの映画だから」とお勧めされて見た作品。彼はものすごい量の映画を見る人で、彼がお勧めする映画はハズレがないの。そんな彼が「一年引きずったしなんなら今も引きずっている」「2023年に見たけど一番印象に残った」というんだからものすごく気になったのよね。
結果として、見た後で「なんてものを勧めてくれたんだ!!!」という気持ちでいっぱいになったわ。
見終わったことを友人に報告したら、友人は言ったのよ。
正直今んとこ面白くないっしょ?
って。
その通り。一見するとホームビデオかな?って思うような、ダラダラとした展開。特に大きな事件とか、アクションとかは一切ないわ。核心に迫る描写もセリフもほとんどなく、断片的に登場人物の状況なんかを推測できるセリフが出てくるくらい。
でも、随所にどこか「この父親は目を離したらどこかへ行ってしまうのではないか」「そしてもう二度と帰ってこないんじゃないか」という漠然とした不安が散りばめられていて、落ち着いて見ることができなかったの。嫌な予感はしてたし、まさか。と思ってた結末というか、この後どうなったのかっていう展開への考察もしてた。
で、そのあと友人はこれを読めと言って、この映画に対する考察記事を送ってきたわ。
それを読んで、私は自分の最悪の考察が正しかったことを知った。
友人がずっと引きずるって言った意味がよーくわかった。その後もう一度見直したけど、エンドロールを呆然とただ眺めるしかできなかったわ。そのくらい、この映画はとにかく余韻がすごいのよ。余韻とどうしようもない無力感が一気に私をぶん殴ってきたわ。
それと同時に、子供の純粋さ、無垢さをまざまざと突きつけられた感もあるわね。思春期の女の子が、背伸びして大人になろうとする姿も細かく描写されていて見事だと思ったわ。
見た感想を書き連ねるだけだからあらすじとかは書かないわよ。
2. 恐るべき描写力
この映画には、3つ特筆すべき描写があると個人的には思ってる。この全てが、私にここまでの大きな余韻を残す要因になってると思う。
1つは、ソフィちゃんがもつ思春期特有の描写。
同年代の男の子と気まずい感じになるとか、大人のお兄さんお姉さんの集団に混ざって夜遊びしたり、キスしてるのを見たり、実際にキスしてみたり。そういう頑張って大人になろうとしてる、早く大人になりたいっていう焦燥感が伝わってくるのね。
これは正直「かわいい〜〜〜〜〜!!!!!」って思えるし、自分も経験したなあ、って振り返れるから感慨深いものがある描写だったわ。「子供なんだから」というセリフに反感を覚えたり、早く大人になりたい!もっと自由に生きてみたい!っていう欲望が爆発する年頃の衝動と心理を、とてもうまく表現していて素晴らしいと思ったわ。
2つ目は、カラムの「ちょっと頼りない感じ」の描写。
初めにそれを感じたのは一緒にビリヤードするのを誘った青年に、ソフィちゃんの「父親」じゃなくて「お兄さん」だと認識されてたシーン。
護身術を教えてる時に「腕以外を掴まれたらどうするの?」とソフィちゃんに聞かれて答えられなかったシーンとかもそうかもしれない。娘にそんなお金ないくせに、と言わせてしまうくらい、金銭面に何か問題を抱えてることを暗示している場面があったりもしたわね。
決して悪いことじゃないの、むしろとても彼の優しさと若さが引き立つ効果があるなとも思ったわ。
でも、この彼の頼りなさが、この映画最大の描写への説得力を極限まで高めてると思うのね。
そう、それが3つ目。
この映画の随所にある不穏な描写。
全てが、カラムに焦点が当たる描写なのよ。
娘が眠ったあと、外でタバコを吸うシーン。
いつになく真剣な表情で、娘に護身術を教えるシーン。
ベランダの柵の上に立ち、手を広げるシーン。
バスに轢かれそうになっても、何事もなかったかのように歩くシーン。
絨毯の店で、力無く座り込んでいるシーン。
鏡に映る自分に唾を吐くシーン。
暗い海の中に迷いなく突き進み、そして海へ入り、戻ってこないシーン。
「僕にはなんでも話していいんだよ」と優しくソフィに語り掛けるシーン。
娘に宛てたポストカードの傍らで咽び泣いているシーン。
まるで「これから死ぬ準備をしている」ようにも見える、こちらに漠然とした不安感を植え付ける描写が多いのよね。
腕のギブスを外すシーンでは、ソフィは明るい部屋にいるのにカラムは壁1枚隔てた薄暗い部屋にいる、という娘との対比も描かれていて、印象に残ったわ。
そして見てるこっちには、その描写とセリフを通してカラムの置かれている状況と精神状態がなんとなく見えてくる。
昔は複雑な家庭環境に置かれていたこと、20歳の時に子供が出来たこと、妻と何かあって別れてしまい、娘に全然会えないこと、娘をレッスンに行かせるお金がないこと。
そしてインストラクターに言った、「40歳まで自分が生きている想像ができない」というセリフ。
カラムの周りに付きまとう死の予感、希死念慮がだんだんはっきり見えてくる。
どこまでも丁寧で繊細なこの不穏な描写たちは、見ている私たちが目を逸らしたくなる残酷な未来を突きつけてくる。
この旅行の後、カラムは自殺してしまうのだということを。
それがいつ、どのタイミングだったかはわからないけれど、少なくとも32歳の誕生日は、迎えられなかったのでしょう。カラムは、11歳の娘を持つにはあまりにも若く、精神的にまだまだ未熟だった。先述した「カラムのちょっと頼りない感じ」が、この結末を確信させるのを後押ししていると感じるわ。
そしてこの映画は、カラムと同じ31歳になったソフィが、父親と同じ年齢、立場になった時に、旅行で撮ったビデオを見て父の心を知ろうとしていた話だったわけね。
幼かったソフィちゃんは、父親が抱える本当の心に気づけなかった。そしてきっと、それをずーっと後悔しながら生きてきたんだと思う。そして父親の死を受け入れることができずにずっと生きてきた。
最後のダンスの点滅シーンで、大人になったソフィちゃんが映る。それは、見返してみるとどこか「どうして私を置いて行ってしまったの?」と、訴えているようにも思えるシーンだった。
これは友人の言葉を借りることにもなるけど、父親と同じ年齢になったソフィちゃんは、父を受け入れるために旅行の時撮ったビデオを見たんじゃないかしら。そして、同じ年齢、同じ立場になって、父が選んだ結末をやっと受け入れることができたんじゃないか、と。
なんてことをしてくれたのかしらねほんとに。
3. 青空のような純粋さ
作中、結構序盤でソフィちゃんはこんなことを言う。
同じ空を見るのは素敵なこと。たとえ離れ離れでも、同じ空の下にいるのなら、傍にいるのと同じだと。
純粋で無垢な「子供」のソフィちゃんから出てくる、美しい考え方。父親が実はとんでもない闇を抱えていることを知らない少女が、普段は傍にいない父親に向けて言った言葉。なんて優しくて美しいんでしょう。
旅行中のソフィちゃんは、思春期のもやもやは抱えていても純粋に大好きな父親との旅行を全力で楽しんでいたと思う。本心から。だからこそ、心の底からこの素晴らしいセリフが出てきたんだと思うし、未来のソフィちゃんの後悔を押し上げる原因になっているのね。
あの時、もっと自分が大人だったら。あの時、父親の心を知ることができていれば。あの旅行が最後の思い出になることはなかったかもしれないと。
子供だった頃の自分の純粋さと無垢さ加減が、未来のソフィちゃんにより強い後悔を植え付けているんじゃないかしら。助けられたかもしれない父親を想い、過去の自分を責めてしまっているかもしれない。でもそれを誰も責めることはできないのよ。だってソフィちゃんは何も知らなかったんだから。
この「子供の純粋無垢さ加減」の描写が見ている人へどうしようもない無力感を与えるんじゃないかなと個人的には思ってる。誰だって幼さ故に犯してしまった過ちを持っているし、後悔もする。それがどんな些細なことでも大きなことでも、ソフィちゃんへの「共感」があるからこそ、私たちはこの物語の結末に大きな衝撃を受けてしまうのね、きっと。
4. Last Dance
Queenの「Under pressure」を挿入歌として使うセンスにも脱帽ね。お恥ずかしながらあまりQueenの曲は普段聞かないんだけど。
この曲は作中終盤、ソフィとカラムが一緒にダンスするシーンで流れるんだけど、この曲を使うことで歌詞の通り本当にこれが「最後のダンス」であることをこちらに提示してくるの。楽しい旅行の最終日、父親が言った「最後の夜」というセリフ。ソフィちゃんとカラムで、受け取っている意味が全然違うのね。
ソフィちゃんは「旅行の最後の夜」だと思ってる。けれどカラムからすれば「娘と過ごす人生最後の夜」という風にとらえているわけ。
この描写の仕方が本当に芸術的すぎる。
「愛にチャンスをもう一度」という歌詞も、未来のソフィちゃんの後悔をあらわしているように思えてとても苦しい。
ダンスシーン、点滅する描写の中、カラムがソフィを突き飛ばす描写が存在する。それはまるで、少し複雑な状況を生きる娘に「自分のように死ぬな」と伝えているかのような、ソフィと父親の決別のような。そんな心情を描いているんじゃないかと思った。
本当に、いい意味で一度見るだけではわからない映画だと感じたわ。
5. 最後に
たとえ人生に絶望していても、これから死ぬつもりでも。
20年たった後でも、カラムが買った絨毯はソフィの足元にある。
カラムがソフィちゃんに向けて言った、書き遺した「愛してる」という言葉には、嘘偽りはない。
最後まで彼は「優しい父親」としてソフィちゃんの記憶に残り続けていると思うし、そうあろうとしていたはず。
今まで「救いがない」映画は数多く見てきたけど、この映画は私に「絶望感」よりも「無力感」を与えてきたわ。そもそもこの映画に救いがないのか?といわれるとそうでもないと思うし。
この映画を勧めてくれた友人にはとても感謝してる。ものすごいダメージを食らったけど。
今まで見た映画の中でトップクラスに、私にえげつない余韻と爪痕を残したのは間違いないわね。
夏休みに見るのにとてもいい、何度でも見たくなるゆったりした映画だったわ。